いつかは、この企画をしようと思っていました。
それが日本のゲイ雑誌に関する特集です。今では、インターネットやSNSの普及により、もはや見ることもなくなったゲイ雑誌の数々。
その中でも、今回は日本で最初に創刊されたゲイ雑誌『薔薇族』に関することをまとめてみました。
※1952年に創刊された男性同性愛誌『ADONIS』は会員のみが購入できたことから、”商業誌としての日本初”は薔薇族になります。
Contents
ゲイ雑誌・薔薇族とは
1971年に第二書房より発刊された日本で初めてのゲイ専門の商業誌。
初代編集長であり同社代表の、伊藤文學(いとうぶんがく・出版時は伊藤文学)によってその歴史は始まります。
※その後、40年に渡り伊藤文學が編集長を務めました。ちなみに彼は同性愛者ではありません。
全国の書店に並べることで、同性愛者を可視化させることに尽力。
もちろん、雑誌(商業誌)としても初のゲイ雑誌としてスタートし、形を変えながらも皮肉にも”最後のゲイ雑誌”にもなりました。
薔薇族に始まり薔薇族に終わったゲイ雑誌の歴史。ある意味、本当に美しい…。
現在は廃刊。2007年からは書店には並ばずに自主制作の季刊誌に
薔薇族は、現在までに何度も休刊してます。最初が2004年、そこから二度、三度、四度、…編集長ももちろん変わりました。
そして、2023年4月(春号)が最終号となりました。
※一応、今後は新媒体としてリニューアルを計画しているとのこと。詳しくは薔薇族編集部(note)をチェックしてみて下さい。
最終号の表紙を見ると、パブリックイメージとしてある”薔薇族”の表紙とはかなりかけ離れた印象すらありますよね。
薔薇族 No.444(最終号)
2023/4/21発売 A4版 フルカラー16ページ(表紙含む)
定価700円(税別・送料別)
詳細:https://note.com/barazoku/n/n8b4f9a6dfc83
気になったので晩年の薔薇族の表紙を少し追ってみた
左:2012年(403号)右:2011年(401号)
左:2014年(411号)右・2018年(427号)
…こうして見ると、なかなか大幅なイメージチェンジだったのでしょう。
特に今でも活躍するゲイに人気のイラストレーターさんを起用するようなこともしていないようですね。
※児雷也さんなんかは薔薇族の表紙のイメージにもぴったりなような気もしますが。今と昔では雑誌にかけられるお金も違いますし、そう簡単なことではないのでしょう。実際に廃刊になりましたしね。
かつてゲイ雑誌が多数発売されていた80-90年代は、表紙絵に起用され人気となった作家さんは多かったように思います。
薔薇族の初期をささえた大川辰次氏、また「さぶ」の三島剛氏や、木村べん氏などが有名ですよね。
画像引用:https://note.com/barazoku
薔薇族のモデルとなった雑誌『風俗奇譚』
「薔薇族」誕生前夜…。
そもそもこうしたゲイ雑誌として発売するきっかけとなったのが1960年に創刊された『風俗奇譚(ふうぞくきたん)』というSM雑誌。
基本的にはSM写真(白黒)やSM小説・コラムなどが掲載されているのですが、その一角の読者コーナーに”男性の同性愛者募集”の記事が掲載されていました。
※この他にも、男同士のイラスト(画集)コーナーがあったり読み物があったりと、ゲイ関連のコンテンツが時おり掲載されていたようです。
風俗奇譚(昭和45年7月増刊号)読者の広場より
▼心通う兄弟を
仕事を終えて暮れ始めた夜の町に足を伸ばす時、まばゆい灯の輝きとは逆に、寂しさがつのるばかり。
横浜に転勤して一年、引っ込み思案の私は、心を割って話せる友をいつも求めております。町の通りで、電車の中で、ふとすれ違う人の中に引きつけられる人がいる。そばに腰かけているだけで心の通いあえるような、兄貴や弟のできることを心待ちしています。
一六五×六四、二十八歳、ひとりアパート暮らしの野郎です。皆様の封書でのたよりをお待ちします。返信は必ず差し上げます。 最初だけ回送でお願いいたします。<横浜・信>
▼男性的な兄貴
この写真の僕を、二十五歳か 四十歳までのガッチリした筋 肉質の兄貴のペットして、また弟として交際してくださる全国の兄貴に呼びかけます。スポー ツマン、自衛隊、建設業、運送業、農業、海運業、顔なんて問題にしません。
とにかく男くさい、がっちりした骨格の兄貴の思うような好みになります。そして、この身が消えるほどの兄貴の愛がほしい。僕は一六〇センチ、五〇キロの小柄です。
「よし、俺が、俺好みに料理してみよう」とお考えの兄貴、一日も早く写真同封のうえお手紙ください。必ず手紙をいただい 全国の兄貴にお返事いたします。初回は回送で願います。<東京・夢見るポット>
こうしたゲイがパートナーを募集できる”読者の広場”が好評だったようで、ゲイ専門の雑誌があってもいいんじゃないか?という動きが出てきたのでしょう。
画像引用:懐かしき奇譚クラブ
風俗奇譚 昭和39年2月号(見出しより)
そんな中、『風俗奇譚』編集者の高倉一は、会員制の男性同性愛”同人誌「薔薇」”を創刊。
1964~1968年まで続いたようで、名前からもわかるように薔薇族が生まれる前夜といった感じ、
ちなみに『風俗奇譚』はアブノーマルSM誌。
そして、同性愛もまた当時ではアブノーマル趣味とされていました。つまり同誌にはそのような趣味や性癖のスタッフが当時から多数、在籍していたんですね。
(いわゆる文学雑誌や一般商業誌、大衆紙とはかけはなれた世界ですから。)
実際にライターをしていた藤田竜・間宮浩や、イラストを手がけていた大川辰次などは『薔薇族』の立ち上げメンバーでもあります。
※高倉一氏が、『薔薇族(1974年3月号)』にてこの辺りのことを語っているそうです。
また広告においても、発展旅館などがすでに掲載されており、ゲイ単独の商業誌としてやっていけるんじゃないか?と、『風俗奇譚』を通じて感じたのではないでしょうか。
・ゲイ需要
・ライター
・広告
この3つが揃ったことで『薔薇族』創刊に繋がったと考えられます。
また、雑誌名を”薔薇”としようとしたが、先に商標を取られていたという理由から『薔薇族』にしたと初代編集長・伊藤さんは語られています。
※ちなみにレズビアンを表す「百合」も彼が考えたそうです。ワードセンスが素晴らしい。物書きとしてのセンスが卓逸です。
ゲイ雑誌『薔薇族』の内容(見出し)
構成は主に、特集・コラム・読者投稿・漫画・小説といった内容で、ページ数は200~300P程度といったところ。
※時代によって構成やページ数は変化しています。
薔薇族 1972年7月号
画像引用:Yahoo!
薔薇族 1985年8月号
画像引用:MANDARAKE
薔薇族 1995年4月号
画像引用:Yahoo!
薔薇族 1998年11月号
画像引用:Yahoo!
薔薇族 2002年12月号
画像引用:Yahoo!
薔薇族 2003年9月号
画像引用:Yahoo!
薔薇族とマツコの関係
画像引用:Photo by Sports Nippon/Getty Images
マツコ・デラックスさんと言えば、ゲイ雑誌『BAdi(バディ)』の編集部員だったことで有名。
直接的な薔薇族とのつながりはないものの、『BAdi』は過去のゲイ雑誌を一新するような時代の流れから生まれました。
70年代の薔薇族。一方、BAdiは90年代。これら別時代に誕生した2つのゲイ雑誌の大きな違いとはなんだったのか。お話したいと思います。
※ちなみにマツコさんは72年生まれなので、薔薇族も当然読まれたことはあると思います。そんな薔薇族を読んだ少年が編集部員として務めたBAdiとはどんな雑誌だったのかを解説します。
隠す文化だった”薔薇族という時代”
薔薇族は商業誌として成功しますが、80年代にある悲しい事件が起こります。
それが”薔薇族”を万引きした、とある少年の自殺…。つまり同性愛が親にバレて死を選んだのです。80年代はまだ、そんな価値観だったと言えます。
※この他にもHIVなどが流行し、ゴムなしで行為をするゲイを批判する声も上がっていたようです。
そこから90年代に入り、新しい価値観を作ったのが『BAdi(バディ)』でした。
『BAdi(バディ)』が作った新しい価値観
画像引用:https://www.fujisan.co.jp/
薔薇族は表紙にイラストが使われていましたが、BAdiの表紙は”写真”です。
注:BAdiも創刊当初のはイラスト。写真になったのは2002年以降
これこそが大きな違いだったのです。
※ドラァグクイーンでありBAdiの編集長・マーガレット氏や、編集部員のマツコさん、ブルボンヌさんらが作った新しい価値観。それは”オープンマインド”。
・編集部員(ライター)の顔出し
・イラストやイメージではなく写真・実写を掲載
・キャッチフレーズ『僕らのハッピー・ゲイ・ライフ!!』
当時を思えば、まだまだ”隠す文化”が残っていた同性愛。
そんなゲイの世界を、一気にリアルであり日常でもあり、楽しいものなんだ、楽しめばいいじゃない!というスタイルをとったのが『BAdi(バディ)』でした。
こうして、薔薇族を読んで育ったマツコさんらの世代が、新たな価値観でBAdiを作ったのです。
※この辺りのお話は、マツコも輩出! 休刊が発表された“ゲイのトキワ荘”『バディ』が夢見た世界(てれびのスキマ)の記事を一部引用させていただきました。
『薔薇族』が取り扱っていた少年愛について
薔薇族の編集長であった伊藤文學氏は異性愛者でしたが、70年代から同性愛者の強い味方であり、現在のLGBTをとりまくポジティブな状況が生まれた立役者の一人という認識が強いです。
ですが、それと同時に彼は”少年愛”ペドフィリアも擁護する考えを持つ人間としても知られています。
※これは彼が出版した本”「薔薇族」編集長”、”薔薇よ永遠に―薔薇族編集長35年の闘い”などに記されています。
薔薇族においても、画家・稲垣征次氏が少年愛をテーマにしたイラストを手がけてたり、城山直人氏が少年愛に関する小説などが連載されていました。
※伊藤文學自身も、薔薇族 351号にて『少年愛をわかってほしい』といったコラムを掲載したりしています。
掲載されている漫画にも少年とのエピソード、など…。
ジャニーズ事件に見る少年愛
ジャニー喜多川の問題が取り沙汰された時、批判の中にはこのような意見がありました。
この文章は一見正しいように見えますが、”ゲイ”と”未成年の男の子のいたずら”を同列に扱い、あたかもどちらも悪いことのように印象付けてしまっています。
これには理由があり
・マイノリティーであること
・同性愛を性癖だと認識されていること
ゲイと少年愛(ペドフィリア)はこの両方に該当する=同列で同じように扱う伊藤文學氏もこれと同じことを主張してしているように感じます。
ゲイとペドは分けて考えるべき
画像引用:薔薇族編集部(note)より
実は、薔薇族の編集長が2011年に交代となり、伊藤氏から引き継ぐこととなった竜超氏(二代目編集長)もこの少年愛について取り上げています。
2011年7月発売『薔薇族No.400』
◆同性愛者に問う!少年を愛することは罪なのか
この見出しひとつ取っても、同性愛者と少年愛は同列(もしくは延長線上)であるかのような見出しの付け方となっています。
個人的に、これには少し違和感があり同列ではなく分けるべきだと感じました。
※少年愛をさも”美しい”や”尊い”という感覚であるなら、いわゆる幼女が好きな男性がいたずらすることさえも肯定していると言えるのではないでしょうか?
薔薇族の主張は、どこかこんな風には考えてしまっているようにも見えているのは気のせいではないように感じます。
70~80年代を牽引した『薔薇族』と『さぶ』
70年代、薔薇族と同じくゲイ雑誌として人気のあった『さぶ』。
”薔薇”しかり、”さぶ”という言葉も、ゲイの隠語として使われるほど影響力があったと記憶しています。
※この”さぶ”が雑誌の名前に由来すると知るのはそれから数年後でしたが…。
作家・三島由紀夫と親しかった”三島剛氏”の表紙イラストが前期(1989年まで)の定番。
※さぶという名前も、三島氏のお気に入りの新宿二丁目のボーイのあだ名から取ったようです。
薔薇族とさぶの違い
『さぶ』は、表紙絵の力強い線からイメージされるように
漢・野郎・SM・硬派などのハードコア路線を打ち出していたため「兄貴系」の色が濃いのが特徴です。
三島由紀夫の持つイメージや、任侠・石原軍団、トラック野郎、肉体労働者、角刈り、マッチョそんな漢の汗臭さや熱さを美意識として感じさせます。
一方、『薔薇族』は名前からもイメージされるように、文学的であったり、新しい世代・若者文化を継承するような位置にあったと感じます。
※筆者がその時代を生きていたわけではないのであくまでもイメージでしか語れませんが…。
…そんな、さぶと薔薇族を簡単に比較してみました。
比較表
薔薇族 | さぶ | |
出版社 | 第二書房 | サン出版 現:株式会社マガジン・マガジン |
創刊号 | 1971年7月(9月号) | 1974年11月 |
キャッチコピー | きみとぼくの友愛のマガジン | 男と男の抒情誌 |
通算発行数 | 444号 | 323号 |
休刊日 | 2004年11月号 (一度目の休刊) |
2002年2月号 |
表紙絵 |
70年代・藤田竜~星野悠二~星野悠二 80年代・木村べん~内藤ルネ 90年代・内藤ルネ~野原くろ 2000年代・甲秀樹~藤原正彦~野田哲 |
前期:三島剛 後期:木村べん(1989年後期より最終号まで) |
表紙絵の調査に関して、小宮山書店さまを参考にさせていただきました。
薔薇族に連載していた漫画家
薔薇族は月刊誌。
誌面には、エッセイ・コラム・企画、小説、読者コーナー、そして漫画コーナーがありました。
※漫画は年代にもよりますが、常時3本ほどを連載。
そんな薔薇族で人気だった漫画家の方を数名ピックアップ。
山川純一
画像引用:Amazon
薔薇族を代表する漫画家で、まず最初に名前が上がるとすれば山川純一先生でしょう。
みなさんも、この絵になんとなく見覚えないですか?また、『ウホッ!!いい男たち』『やらないか』『くそみそテクニック』といった言葉を一度は耳にしたことがあるのでは?
1982年~1988年まで『薔薇族』で読み切り作品を連載。その後消息不明となっている伝説の漫画家と言えるでしょう。
※実は連載されていた頃は、編集部での評判はイマイチ。少女漫画っぽい絵柄が好まれていなかったようですが、奇しくも2000年以降ネットミームとして愛され、人気となりました。
内容はエロであり、ゲイ漫画の中でもかなりぶっ飛んでる作品ばかり。
エロ以上に、その独特の世界観が魅力。オリジナリティあふれる漫画を多数残されています。
薔薇族漫画:山川純一(ヤマジュン)先生の作品集にて読むことができます。
竹本小太郎
画像引用;BookLive
男性のリアルな心理描写で、素朴でありハートウォーミングな作品で知られる竹本小太郎先生。
薔薇族では『愛になれ』『HOPE』といった作品を掲載。クマ系を優しくしたような優しい目をした男の子が数多く登場します。
いわゆるプレイ主体の漫画が多い中、彼の作品は”ゲイの日常”を切り取ったようなセンチメンタルなストーリーものが中心。
※BookLiveや、コミックシーモアでも作品集が読めるので、気になる方はチェックしてみて下さい。
野原くろ
画像引用:Amazon
今でも現役で活躍されているゲイ漫画家・野原くろ先生。
薔薇族では『ミルク』『タイムカプセル』といった作品が掲載されていました。また90年代後半の薔薇族の表紙画も担当。
肉付きの良いキュートでポップな絵柄が素敵です。
※先生の公式サイト『くろのはらぐろ』も2023年にオープン!ぜひチェックしてみて下さいね。
その他の先生
この他、広瀬川進、山口正児、熊田プウ助、平ひろ、さとみつ男児、大黒堂ミロ(敬称略)といった方々が薔薇族にて漫画を連載していました。
古本にはなってしまいますが、電子書籍化になっていない作品も多数ですので、ぜひ古本屋めぐりをして薔薇族をゲットしましょう。
※『薔薇族』はヤフオクやMANDARAKE、ネット通販でも一部は購入できるので探してみて下さい。